結びを育てる 〜東北の旅〜
- 2017年1月7日
- 読了時間: 3分
年初に、青森県から年賀状が届いた。
昨年の9月、青森を訪れたときに出会った宿のお父さんお母さんからだった。

旅で出会ったそのときの、
素朴で、ひかえめで、あったかい
心とか 感じとか 佇まい
そんなやわらかいものが直球でやってきて、
心にためこんでいたくだらないものが、さぁっと消えたような感じがしたのだった。

9月の東北は、見渡す限り
稲穂が太陽の光と風に揺られて
本当に美しかった。
そしてどこに行っても、食べものが美味しい。
お米 きのこ 山菜 菊の花 小なす ばっけみそ ミズの実 日本酒 お刺身 それに、牛乳だって。
いままで食べたことのないものをたくさん頂いて、驚いた。
日本にはこんなに豊かな食文化があって、
自然の恵みとはこのことを言うのか、と初めて思った。
どれも、嘘のない本物の味がした。

宿のお父さんとお母さんは、
もう何十年も民宿をやっている。
毎日同じように
お客さんを迎えて、ごはんを出して、お風呂入れて、
出て行ったら部屋を片付けて、ゴミを出して、次のお客さんの準備をして、
また次のお客さんを迎えて・・・・
ずっとずっと、相手を変えながらも、
同じ場所で、同じことを繰り返している。
それでも
ふてくされたり、惰性にしたり、手を抜いたりせずに
日々新たに出会うお客さんひとりひとりを大切にして、
ここで生きていくことを受け入れ、ここを愛し、誇りに思っている。
ふたりが何も言わずとも、それははっきりとわかるものだった。
適当に、投げやりに、こずるく毎日を過ごしてしまう私には逆立ちしたって真似できない、
一生懸命さ、愚直さ、あったかさに触れて、おわかれのときは涙があふれた。
思いもよらなかった。
こういう生き方が本当に在ることを、できることを、
なにより、自分がそう生きたいと思っていたことを、
心のどこかでわたしは、ものすごく知りたかったんだな、とそのとき思った。

年末に、職場の人に招かれて、もち米でもちをついて食べた。
日本では昔から、お餅をつくって神様にそなえるけれど、
それは“結び”ということを大事にしてきたからなのだという。(河合隼雄先生談)
お米とお米が“結ばれる”と、おむすびになり、お餅にもなる。
ただのお米が、別のものに変わる。
人と人が“結ばれる”とどうなるんだろう。
人生で繰り返されるおびただしい数の出会いの中で、
結んだり、解けたりしながら、
人もまた、磨かれたり、ときには欠かれたりしながら、
別のものに変わっていく。
あの旅の中で、合計すれば1日も時間を共にしていない「お父さんとお母さん」をはじめ、
ほかにも多くの人たちと結ばれたことに、確かに意味があったというために
この結びを大切に育てていきたいと思う。

いつか振り返ったときに「手を抜かずに、あったかい心で生きることができた!」と心から思えるように、今年も一歩ずつ!





















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