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その言葉が表現しうるやさしさと善意のすべてであるアロハ

  • 2016年5月21日
  • 読了時間: 5分

二度目のHawaii(今回はOafuだけ)に行ってきました。

イザベラバードの「ハワイ紀行」を携えて。

(池澤夏樹の「ハワイイ紀行」も携えてましたが、前回の旅で読み耽ったので、今回はおやすみ。)

イザベラバードは1831年生まれのイギリス女性旅行家。

オーストラリア、ハワイ、ロッキー山脈、日本、朝鮮、中国、インド、チベット、イラン等々70歳を越えるまで旅を続けたそうです。

日本は明治幕末の東北を旅していて、そこでも旅行記を残しています。

(いつか東北旅行に携えていきたい本。)

さて話はハワイに戻り。

彼女が描くのは、まだアメリカに侵略されていない頃のハワイ。

キャプテンクックの到来で白人たちの知るところとなり、こぞって押し寄せる宣教師や事業家たちが持ってくる得体の知れないウイルスに抗体のないハワイアンたち。(ハンセン病も広がってしまいました。)

その人口が1/10にまで減ってしまうような過程で、彼女はハワイを訪れています。

(人口が減り続けていることについて、彼女も危機感を覚えていたけれど、その当時はなぜそうなってしまうのかは当時はわからなかったようです。これは本当にお互いにとって不幸な出来事。)

「アロハ」という言葉はさまざま英語表現に取って代わる。

アロハは出会いの挨拶であるとともに、別れの言葉であり、感謝、愛、善意をあらわす言葉でもある。アロハはあなたをがらくたいれや照明器具の陰からそっと窺い、路上や玄関口で出迎える。アロハはまた、手紙に添えられてあなたのもとに届く。アロハはあたりの空気に満ち満ちているのだ。

「わたしのアロハをあなたに捧げます」、「彼はあなたにアロハを贈る」、「彼はアロハを切望している」などのようにこの言葉を用いることができる。

わたしはいま、その言葉が表現しうるやさしさと善意のすべてが思い浮かぶようになった。」

                           —イザベラ・バードのハワイ紀行より—

旅行記を読めば、彼女がハワイに恋しているのがわかる。

「これ以上いたら、ここから離れられなくなるから」とハワイを去って行きます。

どこまでも広がる青空とやさしく温かい風

生命力に満ちた原色の熱帯植物たち

自然の威力を感じさせる火の山や滝

けれどそれ以上に彼女の心を捉えたのは、そこに暮らすハワイアンのすがたでした。

100年以上も前のハワイアンたちが、どんなにしあわせな笑顔で笑っていたかを

こちらが思い浮かべることができるくらい丁寧に描いています。

その一方で、彼女はクリスチャンであるので

いわゆる「未開」の儀式や野蛮な神(生贄だとか、そういった類のもの)のせいで、

意味もなく死んでゆくハワイアンたちが

キリストという「唯一の神」を知ったおかげで救われた、という姿を見て喜んでもいます。

実際、日本でちょうど大政奉還が起きる前の1830年頃に、ハワイではキリスト教が大流行して、多くのハワイアンたちが改宗(?)したようです。

私自身、今回の旅で実際に「ヘイアウ」と呼ばれるハワイアンの聖地を訪れて感じたことは、

「ここは本当にポリネシア文化の大地だったんだ」という、当たり前だけど衝撃的な事実。

恐ろしい顔をしたお面、奇妙な石像、木彫りのトーテムポール(みたいなもの)、武器やカヌー

ビショップミュージアムにあったそれらは、ワイキキのリゾートやビーチから少し離れたところに、今でもぬっと息づいている。

フラは、そういう場所から生まれた。

口頭伝承しかなかったハワイでは、言葉(チャント)に動き(フラ)をつけて、大切なことが伝えられていく。

ワイキキビーチのハレクラニでは

美しいダンサーが天女のように柔らかく、こちらを夢見心地にさせるかのように踊っている。

それに見入ってしまう、「なんて素敵なんだろう!」と思う気持ちは本当だけれど

それは「生きるか死ぬか」のボーダーラインだった。

少しでも動きを間違ったら殺されてしまう(実際そういうこともあったみたいだ)ような切実で真剣なものでもあったのだと思うと、

ギャップに頭がくらくらする。

世の中はわからないことだらけで、矛盾だらけだと思う。

「宣教師が、白人種が、ハワイを乗っ取り食い物にした」とか

「無理矢理西洋文明を押し付けられた」というのも間違いじゃない。

イザベラ・バードが言うように「キリストのおかげでハワイアンは救われた」とか

「世界で一番繁栄するリゾート島としてハワイは成功した」というのも間違いじゃない。

キリスト教がやってきて喜んで改宗したハワイアンもいるだろうし、忌み嫌ってもともとの神様を信じ続けるハワイアンもいただろう。

ハレクラニの美女が踊るフラも、ヘイアウの儀式で踊るフラも、今では両方「フラ」である。

キャプテンクックがハワイを「発見」したことが良かったか悪かったかなんて、

誰にもわからない。

良いことも悪いことも、きっとたくさんあったよね、としか「お客さん」でしかない私には言えない。

当事者ひとりひとりによって結果は違ってくるものだから。

もはや今、純血といえるようなハワイアンは1%に満たないのだという。

労働力として連れてこられたアジア人をはじめ、白人種、ハワイアン、等々、

血は混じり合い、「自分」のルーツが侵略者なのか被害者なのかも境界は曖昧だ。

身体に流れる血よりも「自分はハワイアンなんだ」という矜持というか、そういうものの方がハワイアンにとっては大事なことになってるんじゃないかと思う。

旅のなかで、たくさんの見知らぬ人と声を掛け合った。

みんな、幸せそうな顔をして微笑んでいた。

“アロハ”

“素晴らしい夜だね”、

”これを飛び越えるの?!ワオ!”、

“あなたたちは美しいね”、

名も知らぬ外国の人たちと、一瞬微笑み合い、別れていく。

なんて素敵で、なんて寂しいことなんだろう!ちょっと涙が出た。

でもこれが旅ってものだ。これが私は好きなんだ。

イザベラ・バードも、嬉しく切ない気持ちを抱えながら

多くの異国の民たちと「アロハ」を交わしては別れたんだろうか。

“アロハは出会いの挨拶、別れの言葉であり、感謝、愛、善意をあらわす言葉でもある。

わたしはいま、その言葉が表現しうるやさしさと善意のすべてが思い浮かぶようになった。”

ハワイには、わからないことも、矛盾もすべて抱きしめて、

「アロハ」といえる強さがある。

その強さを忘れずにいたいと思う、旅になりました。


 
 
 

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