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遊びをせんとや生まれけむ ー熊野ー

  • 2016年9月11日
  • 読了時間: 3分

夏の終わりに、熊野へ行ってきました。

かつて後白河法皇や後鳥羽上皇が、毎年のように詣でた熊野。

なんでわざわざここまで来たのか、教科書で知った頃から不思議だった。

京都にいれば、何の不自由もない。ふらっと旅行をしたいだけなら、もっと利便のよい風光明媚な場所も近くにいくらでもある。

それに、「極楽浄土にいくためには、絶対熊野でなければならない!」

というその根拠はどこにあるのだろう。

その理由を知りたくて、熊野に行ってみた。

熊野は屋久島に並ぶほど年間降水量が多く、土砂崩れも多い。京都から和歌山と三重の境目にあるようなこの場所へ来るためには、幾つも深い山を越えなければならない。人々が通ったその跡は細い道となり、いつしか巡礼の道となる。

世界遺産として認定される巡礼の道は世界にたった2つだけ。

スペインの「サンティアゴ・コンポステーラの道」と日本の「熊野古道」。

スペインの巡礼道はキリスト教とはっきりしているけれど、熊野古道は、仏教なのか神道なのか、それとももっと違うものなのかもはっきりとしない感じがする。なんだか、ごちゃっとしている。

なんだかごちゃまぜの熊野古道の途中で出会ったものたちに、とにかく圧倒された。

イザナミの尊が亡くなったといわれる花の窟神社。

ご神体はこの巨石。

丹倉神社のご神体、巨石。

鬼ヶ城の巨岩。

玉置神社で出会った、紀元前から生きる巨大な杉。

都から、伊勢よりもさらに山深く隠れた場所に、極楽浄土がある。

その時代、都は仏教世界だった。

その中で、法皇や上皇にとっては、たくさんの儀式や決まり事、つまりは「縛られる」ものがたくさんあったのだと思う。

伊勢は神道の世界。日本古来からの古い神様たちが祀られる場所。

こちらにも「斎宮」がいたり、天皇家と深いつながりがある。つまり、「縛られる」ものがある場所だ。

だけど熊野は違ったんじゃないだろうか。自由の国。

そこは、今も色濃く残る古事記の神話の世界だった。

京都とも伊勢とも違う、それよりも遥か昔の気配が、今なお生々しい。

ブッダでも天照大神でもない、もっと根源的な、名もなき大いなる存在。

生も死も飲み込んでしまうような、圧倒的な野生の力。古代信仰が残る場所。

「かえりたく」なるようなその感じを、昔の人たちも感じて、極楽浄土と呼ばしめたのかもしれない。

後白河法皇も、綺麗にまとまった、洗練された「縛られた」場所からときには離れて、

熊野に充満するこの圧倒的な野生の力を、身体いっぱいに取り込みたかったんじゃないだろうか。

そういう力を得て、極楽浄土に行こうと思ったのではなかろうか。

システマチックに管理された、野生からかけ離れた日常生活の中から一歩飛び出し、

熊野に行って、そんなことを考えたのでした。

そして、なんだかこの歌が似合う土地だったなぁ思うのです。

遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけむ

遊ぶ子供の声聞けば 我が身さへこそ 揺るがるれ

                     後白河法皇


 
 
 

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