星の航海士たちのものがたり -Hawaii-
- 2015年6月7日
- 読了時間: 3分
2014年8月、半月間ハワイに滞在していました。
長い長い、夏休み。
どうせリゾートなんだろうって斜にかまえていた私だったけれど、
行ってみたら、ガイドブックには載っていないハワイばかり現れて、びっくりした。
沢山の人との出会いと自然に触れて、180度見方が変わってしまった。
そこで出会った話の中から、ひとつ書き留めます。
見えない島を目指して、
星や波だけを頼りに海に向かったハワイアンの話。
遠い昔の話と、現在(いま)の話です。

ハワイ諸島は火山活動でできた島で、陸続きだったことは一度もありません。
東は2400海里にわたって陸地がなく、西に至ってはその倍。
ここは、地球上で最も孤絶した場所。
3000年前、ポリネシアの島々にて。
「北に輝く明るい星、ホクレア(アルクツルス)の下に島がある」ことを知った人々がいました。
ホクレア(ハワイ語で「幸福の星」)の下に「島がある」ことを信じ、見えない島に向かって漕ぎ出した最初の人たちこそが、ハワイアンの祖先「星の航海士」(navigator)です。

でも、この幸福の島は1778年にキャプテンクック来航して以降、波乱の歴史を刻む事になりました。
1898年にアメリカに併合されると、
学校教育でハワイ語を教える事を禁止され、
フラダンスやチャントといった伝統文化は、
野蛮なものとして扱われていったそうです。
いつの世も、文化は支配者の手によって蹂躙されてしまう。
しかし、1970年代に入るとハワイ文化を見直す運動がはじまり、
その潮流のなかで現れたのが、
遥か祖先がタヒチからハワイに来た道を辿るためにつくられた、「ホクレア」というカヌー。

飛行機で数時間の距離を、5ヶ月もかけて海を走ること。
GPSのあるこの時代に、見えない島を目指して、星や波だけを頼りに海に向かうこと。
それが祖先の威厳と誇りを皆の心に取り戻すことに繋がると信じた人たちがいた。
そして、彼らは見事それを成し遂げる事ができたのです。
もはや神話となり、断絶されたはずの伝統文化を呼び起こしたホクレアの奇跡は、
ハワイアンの誇りを取り戻しただけではなく、
世界中の人たちの心に、一陣の風を吹かせたと偉業だと私は思います。

何を頼りに進むのか、何を信じて進むのかもわからない大海原で、
大切なことはただひとつ。
「心に島が見えるか」ということ。
ホクレアの第一人者であるナイノア・トンプソン。
「タヒチに向かう航海で、もっとも困難だったのは、自分を信じることだった。」
どんなに知恵があっても、経験があっても
自分にはできないと思ってしまったら、すべてはそこで終わってしまう。
「自分にはできないと思ったときに、それでも可能性を信じて立ち向かっていく強い信念があれば、夢を叶える事が出来る。」

実は日本でも、こんな取り組みがなされています。
(日本には6千以上の島があるんだそうです。人の住む島でも、400以上もある。ひとつの国なのに、そんなにたくさんの島があるなんて、ちょっと不思議。)
「海王」は、6〜7世紀、推古天皇時代につくられた船を復元してつくられた古代船。
奈良や大阪の大王墳から出土した石の棺は、阿蘇でしかとれない石で出来ていた。
数トンもある石の棺を運んだ方法はどこにも記されていなかったけれど、2005年、たくさんの人の想いがついに古代船「海王」を完成させ、見事6トンの石のひつぎを引いたまま、熊本から大阪まで34日間の航海を成功させたのだそう。
絶えた文化の復興(ルネサンス)は、私たちの知らない間にたくさん起こっています。
この日本でも、そんな取り組みがされていたことを嬉しく思う。
消え入りかけた糸を、懸命にたぐり寄せた人間の内側から溢れ出すビジョンの力は、どこから降りてくるんだろう。
そこには、なにか偉大な力が働いているのかもしれないって思う。
See the road,
Know the road,
Become the road,
That is the journey of the navigator.





















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