Viet Nam-あるテーマ(縁)について-
- 2014年12月30日
- 読了時間: 4分
ベトナムとわたしの最初の出会いは、小学校1年生でした。

祖母はまだ生きていて、第二次世界大戦中の生々しい話が前触れもなくリビングに出てきていた頃。
わたしはそれを聞くのが怖くて、とても嫌だったと思う。
でもやっぱり聞きたくて、たまにやって来る祖母から、怖々聞いていた。
その延長線上で出会った1冊の絵本が「ベトちゃんドクちゃんからの手紙」。
ベトナム戦争で使われた枯葉剤の話であり、その影響で奇形児として生まれた兄弟のお話です。
不思議なことに、今回の旅行中に出会ったJさんから、片足のないドクさんのその後である「今」のお話を伺う機会に恵まれました(ベトさんは既に亡くなられています)。

中学校の合唱で「花をさがす少女」(ベトナム戦争のことを歌った歌)を真剣に歌うこともあって、縁はずっと続いていたけれど「重たい。にがてなこと。見たくない。」と、小学校でも中学校でも、担いきれなくて宙ぶらりんにさせていたことでした。でもやっぱり、ずっと気になっていたこと。
この旅でわたしは、ホーチミンで、ホイアンで、枯葉剤の影響で奇形となり 物乞いするしかないのであろう人の姿を見た。そして、Jさんに出会った。
このテーマは私にとって、蔦のように細長く、つながってきているように感じる。
Jさんは、枯葉剤の影響で奇形となって生まれる子供たちのいる病院に行って、そこで働くドクさんに会ったのだそうです。枯葉剤の影響を受けた3代目になっても、影響が出てしまう子どもたちが未だにたくさんいること、そういう子どもたちを家族が支えきれなくなって見捨てて、ついに物乞いになっていってしまうこともあるのだと。
ドクさん自身も結婚されて、子どもが2人いらっしゃるのだそうです。(名前はなんと、サクラちゃんとフジくん(たぶん)。)
「お子さんをもたれるとき、ためらいはなかったのですか」
そういう病院で勤めていたら、いやでもそういう子どもたちを、末路を、たくさん目にする。
自分は枯葉剤の影響を受けた身体である。
だからこそ躊躇する気持ちはなかったのですか、と聞いたJさんに
「たとえそうであっても、自分のようになって、働けばいいのだから」
躊躇する気持ちはなかったよときっぱり即答されたという。
結果、ふたりのお子さんは枯葉剤の影響なく、すくすく育っているという。

「障害をもつということ」は、私の人生の始まりから通奏低音のようにそこに在ったテーマ(それは両親の職業上)。そこから離れようとして歩いてきた一面すらあったはずなのに、意図せず、働きだしてからは、どこに行ってもつながるテーマです。知らないうちに、どんどん大きくなってきているこの縁(テーマ)に、今はまだ、どう受け止めていいのかわからずに、困惑と憤り、現実の厳しさ、哀しさ、いろんな感情が渦のようにまわっている。
そんな中でドクさんの潔い一言は、Jさんという縁を経て、私の心にすっと入ってきました。
人はどうしてさまざまな障害や病気をもって生まれるのか(または後天的にもったりなったりするのか)、それにどう向き合って生きなければならないのか、周りはどう寄り添い、どこまで支えたらいいんだろうか。これはとてもデリケートな問題であるし、こたえは1つじゃない。
きっといつの日にかは年老いて、支える側から支えられる側に、自分だってなるときが来るんだろう。だからこれは、私なりに、ずっとずっと一生懸命考えて、いつか絶対に自力でこたえを出していきたいテーマ。

靴磨きの疲れ果てたおじいさん、
たくましく(へこたれず)お客に声をかけるおっちゃんたち、
ガタガタの歩道のうえでフォーをすすりながら小麦粉のお菓子を焼くおかあちゃん、
歩道橋の階段で眠る美しい子ども、
控えめで、はにかむ笑顔が可愛い大好きな売り子のお姉さんと
自分でつくったお数珠を私の腕にまいてくれたそのお母さん、
「ボッタクラナイ!」といってぼったくってきた
バイクタクシーのソンさん(でも、なんか憎めないのはなぜ!!)、
毎朝オムレツをつくってくれたコックのお兄さん、
「日本語教えて!」と言ってくれた空港の店員さん、
向こう側に渡ることが絶望的な混雑の中、「一緒に渡ろう」と一緒に命を懸けた白いおじさん、
日本が大好きと言って仲良くなった竹籠屋で出会ったクィンさん、
「商売繁盛のために毎日ブッダに祈ってるのよ!」と鼻息を荒げたお姉さん、
仕事のデキるいかした警備員さん(やはりその場合、イケメンにみえた)、
ホテルで最後まで見送ってくれたドアマンさん、etc
行き違う人、バイクやタクシー群の中で、すれ違わずに出会ったことは奇跡的な確率。
今、出会ったひとりひとりの顔が思い浮かべられることが幸せだと思う。
旅に出て、人に出会って、世界は広がっていく。だから、旅が好き!
次回はベトナム珍百景。突っ込みどころがありすぎる諸々のこと、変わってゆくアジアの街を描きます。





















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